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ファッションと歴史のお勉強■2

2007.08.03 Friday
そもそも、日本では西洋式の「洋服」というものを、いつから着ているのか?
というのが今日のお勉強です。
洋服を着る前は、着物だったという事くらいはわかりますけどね。
答えから言えば、1945年からということになります。
まだたった62年しか洋服を着ていないなんて!えっ、本当?!


ここから先は、着物の事を「洋服」に対して「和服」と呼ぶ事にします。
和服から洋服への移り変わりに注目してみますので、今日は江戸時代からを見ていきます。

江戸時代までは、日本人はみんなが和服を着ていました。

江戸時代という時代、日本は238年も鎖国をしていました。
外国からの輸入品はほとんど町にはありませんでした。
つまり、日本製だけの時代で、一番日本らしい時代かもしれません。
輸出も禁じられていたので、他の国では見ることができない日本だけのものが、日本の中だけで流行していました。
ファッションも日本独自のスタイルでした。

しかし、歴史が大きく動き始めます。
1858年、鎖国を解いて開国したのです。
ファッションについても、とても重要な年です。
外国からどんどんいろんな物・文化が入ってくることになったのです。
そうです、正式に、洋服が大量に日本に入ってきたのです。
まだ飛行機ではない時代、船で海を渡ってきた輸入品は「舶来品」と呼ばれました。
初めて見る舶来品!
なんだか、その時の日本人のトキメキが、手に取るようにわかります。
でも、あまりにも見たことがない物に対して、すんなり受け入れたくない人もいた事でしょう。

開国から14年後・・・
明治という時代が訪れます。
日本を治めていた江戸幕府がなくなり、天皇が主導権を握る事になりました。
日本からサムライが消えた時でもあります。
県という呼び方に変えた、廃藩置県。
ここで初めて東京ができました。
すべてが新しい時代の幕開けです。
これを明治維新といいます。

この時代では「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」という言葉が有名です。
ザンギリ頭とは、それまでの和服スタイルのちょんまげや、結い上げた長い髪を、洋服スタイルに合わせて短く切ったヘアスタイルのことです。
つまり、西洋スタイルをいち早く取り入れた人は時代の先端を行っている、新しい、ススんでる、と見られました。
西洋から届いた、初めて見るいろんな新しい事を、もう恐れずに受け入れ始めた時代です。
ただ、舶来品はかなり高額だったため、庶民にはまだまだ手が届かなかったのが現実です。
まず先に、好奇心の強い人やお金持ちの人だけが、少しづつ洋服を着始めたところです。

明治になって3年後、国の主役になった明治天皇が、表舞台用にと、自分の服に洋服を命じました。
このことは、洋服を正式に社会に認めさせる事に拍車をかけました。

これが大体、今から140年くらい前のことです。

1887年、現代の高校生にあたる男子の制服が初めてできました。
軍服を参考にした学生服(詰め襟の学ラン)です。
女学生の制服ができたのはその10年後くらいですが、まだ洋服ではなくて、和服にハカマでした。

明治が45年で幕を閉じると、次は大正です。
大正時代には、ペストの流行で、裸足が禁止になり、庶民も子供も下駄をはくようになりました。
1923年の関東大震災、
1927年の白木屋の火災、
などの事件があって、ようやく庶民も少しずつですが、洋服を着るようになりました。
このような震災で、和服より洋服の方が逃げやすいという事が実証され、みんなの共感をよびました。

1920年を過ぎると、女学生も、セーラー服の制服ができました。
つまり、太平洋戦争の前くらいには、多くの人が洋服を着るようになったのです。
都会では、モダンガールやモダンボーイが、西洋人と変わらないファッションをしていましたが、
家へ帰れば和服に着替えてくつろぐという生活で、まだまだ洋服は、日本人には「特別」な衣類だったみたいです。
それが80年くらい前になります。

15年間という短い大正時代の次は、昭和がやってきます。

1941年〜1945年は、第二次世界大戦でした。
戦争中は、資源が乏しく、いろいろなものが配給制になりました。
男性は、国民服という、カーキ色の軍服のような洋服を着ました。
これを国民服と呼びます。
女性は、着物をリメイクした和装のモンペをはきました。
食べるものも無い時代なので、あるものを着るしかなかったかもしれません。
しかし、戦争が終わったとたん、急速に洋装化していきました。
ほとんどの日本人が、洋服を着るようになったのは、1945年からなのです。
それが62年前です。

と、まあ、ざっとおおまかに見ていきましたが、こんな感じです。
皆さんもよく知っている歴史だとは思いますが、もっともっと知りたくなってきませんか?

たった60年くらいしか、洋服を着ていないなんて、
やっぱり、洋服の歴史は、西洋にはかなわないわねー、と思いますよね。

いえいえ、洋服の歴史=ヨーロッパのファッションの歴史で、今のような「洋服」というものができたのは、12世紀頃だそうです。
その前は、布を体に巻きつける、あのギリシャ神話のような服装だったのです。
12世紀のファッションといっても、まだへんな形で、
ようやく「洋服」といわれるような形になったのは16世紀です。
16世紀といえば、じつは、1543年に、ポルトガル人が種子島に漂着しました。その時に、日本に洋服が渡っているのです。
港近くの人たちは、その頃から洋服を着始めています。
鹿鳴館でのドレスや西洋のモードを、日本のお金持ちの人たちは、リアルタイムで着ていたのです。
つまり、洋服の歴史は、日本でも実在したのでした。
ただ、洋服をデザインしたのは西洋人だけですから、日本人は着ただけですが、洋服を知らなかったわけではないのです!

それは一部の上流階級の人だけだったかもしれませんが、
洋服の歴史としては、日本も西洋とさほど変わらないという事になるのです。

こうやって勉強していくと、
日本も西洋に負けていない、すごい!
という事がわかってきました。おもしろい〜!
でも・・・NO,NO,NO!
和服の歴史に比べたら、まだまだぜんぜんです。
しかも、今でこそ、和服より洋服の方がだんぜん多いですが、
和服のあの華やかでファッショナブルな時代に比べたら、
洋服の歴史なんて、浅いものです。

最近では「日本の若者は、世界で一番お洒落」だと言われていますが、
それは当然なのです。
洋服という事にこだわりをなくせば、ファッションという事については、西洋より日本の方が、遥かに歴史が深く、華麗だったのです。
西洋の洋服が高価だった時代は過ぎ、今は思う存分、そのファッションの感性が表現できる時代です。
大昔からの日本人の、素晴らしいファッション感覚を、この恵まれた時代に、やっと世界に見せつけたと思うのです。

もっと詳しい事は、また次回に・・・。
年表で整理です。
今日のことがらは、ピンクの字で書き込んであります。
↓表をクリックすると、拡大します。
<表2>

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