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lalaコの夏休み

2014.09.05 Friday
中秋の名月も過ぎ、いつの間にかセミの声もすっかり聞こえなくなりました。
夜になると、外はカエルの大合唱に変わって、鈴虫たちがオーケストラを奏でています。
もう秋なんですねぇ。。。

虫のオーケストラというのは、田舎ならではだなぁと思いました。
初夏のカエル軍団の大声にもビックリしていましたが、この秋の虫たちは、コオロギが多いことを知りました。
ツヅレサセコオロギ(綴れ刺せ蟋蟀)が、リズム隊のようにギコギコとリズムを刻み、
そこに他のコオロギやら鈴虫やらが反復したメロディーを被せてくる。
風流以外の何者でもないですね。安らぎつつ眠りに入れます。
秋の虫の鳴き声検索のサイトがありました↓
http://mushinone.sakura.ne.jp/kikinashi.htm

そして、セミといえばセミ爆弾。
去年はベランダに十何匹もセミの死骸が転がっていて、チリトリで始末するのが怖かったのですが、
今年はなぜかベランダには2匹ほどで、変わりに当マンションの廊下や非常階段などに沢山転がっていました。
私はエレベーターより階段を使う派なので、転がっているセミ君の横を通り過ぎるのがとても怖かったです。
何故って、、、息を引きとったかのように見えて、横を通ると急に暴れ出して、私に激しくぶつかってくるからです。
怖い&痛い…(笑)。
蜘蛛さんたちも頑張っています。
蜘蛛の巣が美しい芸術でもあるかのように、あちこちに立派な糸のアートができています。
…が、巣は直径50〜60センチほどもあり、正直怖いです。
沢山ありすぎて、かなり注意していないと、私も巣にかかってしまいそうですあ
あと、ここ最近は通称「便所蜂」という黒い蜂のような虫が大量発生していて、いくら害が無いとはいえ、これもちょっと気持ち悪いですねkyu

と、私も苦手な(だけど出来るだけ頑張って好きになろうと努力しているっ)虫さんたちの話はこれくらいにして(笑)。

今年の西日本は、本当に雨ばかりでして。
ノースリーブでは寒いくらいでした(ウチの辺りは。)。
いつも見上げている空には、夏のあれから月はほとんど見えませんでした。
でもここ数日はさわやかな快晴が続いていて、お月様が本当に綺麗です。

悪天候が続いた夏でしたが、それでも貴重な晴れ間を見つけて、近場で夏を感じてきました。
こんな感じです。
6.jpg 8.JPG
1.JPG 5.JPG
2.JPG 4.JPG
9.JPG
毎週末には、家のベランダから各方面の花火が見えました。(遠くて小さいけど)
夏びいきの私としては、今日になっても、「まだ夏は終わっていない!」としぶとく思いながら、まだまだ夏の遊びのチャンスを狙っています。

遊ぶつもりが雨ばかりで、結果的にはインドアな時間がたっぷりできてしまいまして。。。
久しぶりに映画やNHKドラマなどを沢山観ました。
今回は特に、メイドインジャパンに限定し、戦前に作られたもの〜この夏最新の映画まで、
アニメも含めて沢山観ました。
本も読む時間ができ、インドアも充分楽しめた夏になりました。

ずーーっと直してあげたかった旦那さんの服も、ようやく直してあげられました。
けっこう大掛かりなリサイズを8着も!
一番後回しになっていたけど、これでスッキリしましたundefined

それから、勉強もがんばりました。
ホームページ作りのために、もう一度プログラムを勉強して、
大好きな歴史の勉強も沢山できました。
久しぶりにフランス語の勉強も復活したりして。

歴史って本当に面白いですね。
このブログでも以前、「ファッションと歴史のお勉強」を連載していましたが、洋服に視点を当てていましたので、どうしても西洋中心で見てしまっていたのですが、最近は日本の歴史が面白くて仕方ないです。
歴史を知ろうとする時って、現代とは違う価値観で入らないと全く理解できません。
今の”当たり前”が、昔には無い価値観だったりしますので。
つまり、想像力がとても必要となるのです。
電気が無い時代と現代では、夜の闇の恐ろしさも全く違うという頭になって、その時の時代に生きている気持ちになってみると、歴史は本当に面白いです。
特に日本の歴史には、同じ日本人として感情移入してしまいますね。
そして紀元前の歴史は、全く確証が無いだけに、証拠から検証して「こうだったのではないか…」という想像。
ロマンが溢れていて、ワクワクします。それが本当の事実では無いとしても、想像することはとても楽しいですよね。
で、時って流れているんだなあ〜と感じると同時に、自分が実際に生きているこの”今=現代”の姿もとてもよくわかってきます。
ファッション、衣類、お洒落の仕方も、歴史と共に眺めていくと、服のコーディネートに悩まなくなるかも(自然にコーディネイトできてしまうかも!)。
そして、歴史というのは本当に色々な要素が絡み合っていて、科学や数学や、アートやファッションやインテリア、哲学や宗教や、天文学や地理学、
お料理のレシピまで、すべての物の見方も変わってきますね、歴史を知るというは。
もう、ほんと楽しいので、個人的にはもう長い間、趣味の一つになってしまっていますが。
そしていつも思うのは、、、”未来は誰にもわからない”。
でもそんな悩みも、歴史を少し知れば、見据える方向くらいはわかるようになったりするのかな(笑)。
ファッションの歴史の記事も、また再開したいですね。
まあ、趣味なので、またいつか再開することでしょう。

そうそう、そしてこの夏は、30年ぶりくらいに再会した地元の同級生と一緒に飲んだのですー。
それも、全然知らなかったのですが、京都で修行して地元で20年以上営業しているという、同級生の居酒屋で!!
これも最高に楽しかったです!
美味しかったし、地元の方々に愛されている感じ満載で、満席でした!
サスガ、私の同級生!!(笑)
すっかり忘れていた思い出も、一気にワープしてその時代の感覚に戻るものなんですねー。
東京はそういった友人と会える機会などなかったので、今回すごく新鮮な感覚です。
(よくよく話をしたら、最後から30年も経ってないことがわかりまして、私が忘れっぽいだけだったようです、笑)

嬉しくて、楽しい夏休みでした。ありがとうございました。

月末、目黒で開催のModuleにも、是非遊びに来てくださいね〜。
物販もありますので拍手


→ホームページ Oh là là
日記

今年最後のごあいさつ

2009.12.30 Wednesday
2009年、今年も皆様には、大変お世話になりました。
当店の年内営業は、本日まででございますので、ご挨拶申し上げます。

新年は、4日より平常営業です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。


すごく楽しみにしていた「坂の上の雲」が、期待よりも楽しめず、ちょっとガッカリでしたが、
それより何よりも、新年3日からの龍馬伝が、今から待ちきれません!
私が世の中で一番好きな人。
日本人で一番好きな人。
坂本龍馬
みんなも一緒にファンになろう〜


アンディも大ファンなの (ウソ)。


それでは最後に、今年のまとめと、結果発表です。

1月5日
素晴らしい景色の幕開けで、
今年はなんだか、良い年になりそうな予感とともに、
私の新年は始まったのでした。

⇒振り返ってみると、全然良い年ではなく、ボロボロでしたよ、トホホ。。。


5月8日
二日酔いに効く、パン食に戻ってみようと思います。
さて、効果はあるか・・・お楽しみに。

⇒パンは、なかなかに調子良いですよ!


11月28日
なんと、ホクロができたのです。
左親指に。
どこまで成長するのでしょうか。

⇒成長は、少し止まっています。
あれからは、0.1ミリくらいしか育っていませんが、
少し色が濃くなったような気がします。


ファッションと歴史のお勉強

⇒今年は一度も更新できませんでした!!
ほんとにスミマセン!
来年にご期待を!


それでは皆さま、どうぞ素敵な2010年をお迎えください bise☆

Oh là là
日記

意外とテレビも観ます

2009.03.25 Wednesday
毎週水曜日、楽しみにしていた「その時歴史が動いた」(NHK)が終わってしまい、今日からつまらないな。
松平さん好きだったのにな…。

それから、「ファン・ジニ」も今週最終回だ。

韓国のドラマとか、全然観ないんだけど、
チャングムの誓い」は、面白かったな。
この「ファン・ジニ」は、話は面白いとはいえないけれど、
でもやっぱり観てしまい、毎回ボロボロ泣いてます。

とにかく、衣装が美しい。
色使いが鮮やかで、
チマ・チョゴリのシルエットがめちゃくちゃ可愛い。
生地もすごく素敵。
もうこれは、西洋のドレスにも負けないと思う。

衣装を担当したのは、韓国のデザイナー”キム・ヘスン”さんという女性なんだそうです。
昔の衣装そのものではなく、現代の感性を取り入れてデザインしたそうです。
だから素敵だったんですねー。

チマ・チョゴリは、日本の着物(和服)の元でもあるけど、
この話はまたいずれファッションと歴史のお勉強でお勉強しましょう。

Oh la laのお向かいには、韓国家庭料理の「キムチ」さんという、雰囲気の良いレストランがあります。
ご主人は韓国の方で、とっても親切なお兄さんです。
ネイティブな家庭料理が食べられます。
チャングムとファンジニを観てからは、韓国に少し親近感がわきました。

でも結局どれもこれも、私が好んで観るのは、歴史もののようです。

あ、どうでも良い話なんですけど、
イチローがすごかったようですね、野球。
野球全然興味ないけど、
イチロー選手の実家と、私の実家はご近所です。
本当にどうでも良い話ですねモゴモゴ

意外とテレビも結構観るんですよ、最近は。
F1だけじゃなくてね。

Oh là là
日記

春よ来い♪

2009.02.07 Saturday
暦の上では、春が訪れましたが、
1年の中で、やっぱり今が一番寒いですね。
でも、東京では、まだ銀世界を見ていない。
今年は雪、積もらないのだろうか。

しもやけが、ついにできてしまいました。
・・・やっぱりね。
でも、1つだけです。
このままこれ以上増えないように願うところです。


ファッションと歴史のお勉強
全然更新できなくてすみません。
でも、これは、私自身の勉強でもあり、
一人でコツコツ、ずっと勉強しています。
自分だけで突っ走って、
歴史をファッションから眺めていますと、
「人間」の歴史って、なんと短いのか、
西暦になって、まだたったの2000年しかたってないのか!
しかも現代の洋服、ファッション感覚・価値感なんて、
たかだか戦後70年、
さかのぼったとしても、5〜600年!
はるか昔だと感じていたマリー・アントワネット(ベルサイユの薔薇)も、
坂本龍馬の江戸時代も、
全然最近じゃ〜ん!!
と、妙な親近感がわいてきたりして。

人間の歴史が短いとわかると、
自分個人の人生なんて、なんて儚(はかな)い、
年表の中の、ゴミのような、肉眼で見えるか見えないかわからないくらいの小さな「点」でしかない・・・
何をクヨクヨしているのか、
もっと人生を楽しめーーー!!と、思えてくるのですよ。

一人で突っ走ってしまって、スミマセン。。。

また時間を作って、更新しますね。

Oh là là
日記

誕生日 

2008.05.20 Tuesday
だいぶ日にちが空いてしまいました!
書きたい事は、山ほどあるのに、時間が全然ない!
ファッションと歴史のお勉強も、続きが全然書けない!
しばし、お待ちください。
何とか時間をつくります。

と、この空白の間に、私もまたひとつ、歳をとりました悲しい

今年のプレゼントは、こんなんでした!

どうだっ!
んん〜〜〜っハートか・わ・い・いハート



ふれあってきたのだ。
イルカと友達になって、一緒に遊んでもらったのだ。


さて、行ってきたのは、神奈川県横浜市の「八景島シーパラダイス」!
去年リニューアルしたばかりで、ふれあい型の水族館になったんだそうです。

触れ合い水族館は、全国にたくさんあるけれど、
ここは、イルカ以外にも、ペンギンやクジラやサメ(サメは小型だけど)、
その他いろんな海の生き物を触ったり、エサをあげたりできる、
泳げない人にも楽しい、海遊びの場所なのです!
ちなみに、初体験のサメの手触りは・・・
ははは、やっぱりサメ肌で、レンガのような、ザラザラでした。
ペンギンは、雨に濡れた猫みたいでした。
こんなにいろんな種類と触れ合えるのは、関東初だとか。


ダイビングができる人は、野生のイルカもクジラも、きっと見れるんでしょうけど、
私は海に潜る事さえ、もう何年もしていないので、
本当に大切な想い出となりました。
私は、魚の味は嫌いだけど、観賞する方は、時間を忘れるくらい好きなんですよねー。

「ねえ、ねえ、一緒に遊ぼうよ〜」

シーパラ・オリジナルのウェット・スーツを着て、
海水を引いたプールで泳ぎます。
ウィーク・デイだったので、貸し切り状態で、たくさん遊べました!

私が一緒に泳いだのは、バンドウイルカという、灰色で口の突き出たイルカちゃん。女の子でした。
他にも、真っ白なシロイルカと、
ゴンドウクジラとも泳げますが、どれか一つに決めなければいけません。

全部大好き、選ぶのにはかなり困りました。
夢にまで見るクジラが、一番の憧れだけど、実は、クジラとイルカは、大きさだけの違いで、同じなんですって!
えー、知らなかった。
という事で今回は、海のトリトンみたいに、背中に乗ってみようと、バンドウイルカに決めました。

握手したり・・・・KISSしたり・・・・

背びれにつかまって泳いだり・・・・

ジャンプまでしてくれました!大サービス!

でも・・・トリトンみたいには、できませんでした。。。
背びれがあるからなのかなー?
本心は、もっと抱きついたり、乗っかったりしたかったなー。
こう見えても、体長は3〜4メートルもあるんですよー。
そしてお肌は、全然ヌルヌルしなくて、ビーチボールみたいにツルツルで、
鳴き声も目も、本当にかわいいの。
しかもとってもかしこい。
好奇心が旺盛だと、頭が良くなるんだねー。

でも、彼女たちも仕事。
「こんなん、やってらんないわ〜」
という表情が、私には見えました唖然
まあ、仕方ないわよね。
けれど、こうやって触れ合えれば、また一人、あなた達を愛する人間が増えるでしょう。
同じ地球の仲間だと知ってもらえるお仕事、これからも営業マンとして、
がんばってくださいね!

私の小さな夢が、また一つ、叶ったバースデーでした。

心から楽しかったよ!また遊ぼーねハート

バースデーは、夜に続く。。。

Oh là là
日記

*祝*開店

2008.01.28 Monday
ジャーン!
パンパカパーン!拍手拍手拍手

東京蛍堂
2008年2月9日(土)
浅草に開店いたします


オー・ラ・ラも全面協力させていただきました、
ジャパニーズ・モダーン・ビルヂングです。

■「東京蛍堂」とは・・・。
ミサイル★スターこと、稲本淳一郎氏の古物商店。
日本の気持ちを大切にしたい人々が集まり、1999年、ウェブ・サイト「大正ロマンチカ」を立ち上げる。
淳一郎氏が中心となり、イベントなどで参加者が増えていく。
2003年、大正ロマンチカとは別に、大正浪漫をテーマにしたウェブ・ショップ「東京蛍堂」をスタートする。
サイト内では表現の場が狭すぎる、もっと表現したい!もっと伝えたい!と、ついに実店舗を開く事に。

ニッポンの首都「東京」の、元祖下町「浅草」。

歴史深い、日本的な町でもありますが、実はとても国際色豊かな場所でもあります。
海外から日本を訪れたら、必ず観光する場所の一つでもあります。

そんな場所で、一番日本がワクワクしていたであろう、明治以降に焦点を当て、
特にロマンチックな大正時代をテーマに、
いろんな国々の人たちと、もう一度みんなで、そんな日本を客観的に見直してみよう、
と、表通りからは見つけにくい場所に、地上3階+地下3階の隠れ家サロンを創ってしまいました!

とても古い建て物を、淳一郎氏自ら内装、床貼り、壁しっくい塗り、電気工事と、とっても時間がかかっています。
地下は図書室も兼ねたサロンになりますが、
しばらくは、1階のアンティーク・ショップのみから始めます。

ショップは、和洋折衷、用の美、生活密着型大正ロマン、昭和モダンにセレクトされた古道具や古着がギッシリの予定です。

オー・ラ・ラとは正反対のお店ですが、
姉妹店として、
皆様どうぞ、末永くよろしくお願いいたします。
浅草へお立ち寄りの際は、ぜひ見つけてみてくださいね☆
目印は、ビートたけしさんの、ウワサの予約済み看板です。

「東京蛍堂」のアドレスはこちら
〒111-0032
東京都台東区浅草1-41-8(六区、捕鯨船向かい)
電話:03-3845-7563
http://hotarudou.ocnk.net/

と、いう事で、
お店開店準備の為、lalaコはいつも以上に忙しく走り回っていたのでした。
ファッションと歴史のお勉強の続きも、あとしばらくお待ちください。

※2月9日(土)は、「東京蛍堂」オープニング・パーティーのため、
 オーララは18時で閉店いたします。
 私は朝からお手伝いなので、洋服リフォームの受付はお休みいたします。
 ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞご了承くださいませ。
 19時からのパーティーは、予約いただければ、どなたでも参加できます。
 詳しくはこちらへ。 

Oh là là
Oh la laの裏話

ファッションと歴史のお勉強■5

2007.10.12 Friday
さてさて、今回は、「どうやって洋服ができたか」の第2回目です。

中世という事で、11世紀〜15世紀を見ていきます。

中世といっても、昔すぎてあまりピンとこないかもしれませんね。
確かに、ファッションの歴史の中では、特に華やかでもありませんでした。
なぜなら、戦の時代だからです。
小さな民族ごとの生活だったものが、隣の地域、そして遠くの国まで領土を拡大したくて、ヨーロッパは戦いの日々でした。

そこでまず重要なのは、女性の服装は、男性の流行を真似ていたということです。
この辺りの時代は、暗黒時代ともよばれていて、国を取ったり取られたり・・・戦が続きます。
権力もファッションも、主役は男性の時代でした。

ここでは、ファッションを中心に見ていくコーナーなので、
フランス中心にお話を進めていきますが、
先に書いたように、まだ各国が安定していないので、
簡単に他の国の事も交えていきます。

前回と話が重なりますが、
中世の本題に入る前に、フランスができるまでを知りたくなりました。
ヨーロッパを舞台にしてザッと
先に見てみましょう。

ローマ帝国は、現在の地中海一帯と、ヨーロッパ一帯と、イギリス(ブリタニア)までを支配していて、すごい帝国でした。
青い線で囲んだところ全部です!
(赤は、フランスと日本)
もちろんその頃、ローマ人以外にも、各国には、原住民がいました。


原住民の名称は、ローマ人がつけました。
例えば、フランス辺りのケルト系を含む「ガリア人」、
イギリス辺りのケルト系の「ブリトン人」、
ドイツ辺りを「ゲルマニア」と呼んでいたので、その辺りの人を「ゲルマン人」、
その他、たくさんの民族がいました。


特に「ゲルマン人」は、パワフルで強くて、いろんな国へ進出していって、
ついにはローマ帝国を追い詰めました。(ローマ帝国滅亡)
これが「ゲルマン民族の大移動」です。
フランスに住み着いたゲルマン人の一部は、ガリア人と一緒にフランク人となり、フランク王国を支配しました。
南イギリスに住み着いたゲルマン人の一部は、ブリトン人と一緒にアングロ・サクソン人となり、
南イギリス(イングランド)を支配しました。


8世紀には、北欧に住む原住民たちが、海賊(ヴァイキング)となって、
ヨーロッパに進出してきます。

特に、デンマークの「デーン人」は、イギリスやフランスに住み着き、支配するまでになります。
フランク王国では、北フランスを荒らしまくり、見かねたフランク王国の王は、ノルマンディーを差し出し、
デーン人は北フランスにノルマンディー王国をつくり、住みつきました。
そして、ノルマンディーは、イングランドまでも制服してしまいました。
つまり、イギリスも、フランス的な文化になったのでした。
海賊強し。
この時のノルマン朝は、ブルボン家まで続きます・・・。


1337、百年戦争が始まり、イギリスとフランスが戦争になります。
始め、イギリスが強く、ジャンヌ・タルクの活躍で、フランスも巻き返します。
結果は、ノルマンディーはフランスに戻り、イギリスとフランスという国ができました。

戦いばかりの中世ヨーロッパは、なんだか、日本の戦国時代のようですね。
ちなみに日本の戦国時代は、もうちょっと後で、1491〜1573年です。
その時代のヨーロッパは、大航海時代で、
アメリカ大陸を発見して、スペイン人がアメリカを植民地にしていった時代です。


と、ザッと流れをみてきました。
さて、本題の、ファッションです。
元々の原住民に、ファッションがあったかはわかりませんが、
男女とも、簡単なスカートやポンチョだったと思います。



注目は、勢いのあった「ゲルマン人」です。
彼らは、馬に乗って戦うための服装をしていました。
ローマ人の、スカートに対し、
ゲルマン人は、ズボンなのです!
正確に「ズボン」とは、まだ言えないとしても、
足の部分が二つに分かれているというのは、画期的でした。
そして、マントをしていました。

その後はローマ人も影響を受け、チュニックにズボン(?)にマント、というようなファッションになります。
女性も長いワンピースですから、チュニックが変化したのでしょうか?
袖という形もできてきました。



それから、ヴァイキングのファッションも見逃せません。
アニメの小さなバイキングビッケが参考になります。
強い海の男たちは、ツノの付いたカブトをかぶり、ズボンはヒモ(脚絆のように)で巻いてあります。
ディズニーランドのカリブの海賊とは、時代が違いますのでご注意を。
あちらは、もう少し後の時代で、ファッションも全然違います。
北欧のヴァイキングは、元々農業や漁業を本職としていて、とても手先が器用で、
すぐれた職人でもあったそうです。
漁業の延長線で、海を旅したのかな?



百年戦争の頃には、「よろい」ですね。
ジャンヌ・ダルクも、よろいを着て戦いました。
そして、初めて「ボタン」というものができた時代でもあります。

と、こんな感じで、なんとなく「洋服ぽい」形になりました。
今も私たちは、この時代の原型が進化した服装をしているのですね。
なんて原始的なんでしょう。
テクノロジーは魔法みたいに進化してきたのに、
衣服の形は、素材以外は大して変わっていないと思うのは、
私だけでしょうか?

毎度、私の口癖ですが・・・衣服って、アナログだなぁ。

今回も、早足で、歴史の流れを見てきました。
やっと洋服ができてきましたね。
でもまだ「なんとなく」で、原型なのです。
日本人もまだ洋服を見たことがない時代でした。
次回は、西洋ファッションの歴史で一番華やかな、近世(16世紀〜)です。
やっと洋服ができるのです!
お楽しみに〜♪

※画像の地図は、高校時代に学校で使っていた地図帳。
 内容は古いけど、現役です!
 私って、物持ちいいわねー。

では、年表で整理です。
今日のことがらは、ピンクの字で書き込んであります。
↓表をクリックすると、拡大します。
<表5>

Oh là là
ファッションのお勉強

ファッションと歴史のお勉強■4

2007.09.01 Saturday
さて、今回は、「どうやって洋服ができたか」の第1回目です。

まずは、歴史を古い順にざっと見ていきたいのですが、
そうなると、人間は、いつどこから来て、どこの国から発展していったか、
というところから調べていかないといけません。
これでは考古学になってしまいますし、現実に、何千年前とかの資料や証拠は、今でも専門家でさえ研究中ですから、
その分野は残念ながらこの場では勉強しません。
本当は、私もとても興味があるのですが。。。

最初の日本人は、どこかの国から日本まで流れてきたのか、
それとも日本にも最初から人間が住んでいたのか、
そもそも最初っていつなのか、
やっぱり神様が創ったのか、それとも猿が進化したのか。。。
この問題は、宗教にもかかわってきますし、実際に今でも謎なので、
「お勉強」のカテゴリともリンクしながら、ファッションと歴史をからめて勉強していきます。

ということで今日は、紀元前〜紀元後10世紀までです。

今のところ一般説では、最初の人類は、紀元前5千年(9千年という説もあり)に今のイラクから発祥した事になっています。
今から7千年も前の事です。
イラクといえば、首都はバグダッド。
例えていえば、世界で一番古い国(文明)です。
もしかしたら、イラク人がその頃、日本に渡ってきたりもしたのかな?
日本人の祖先なのかな?
どうなんでしょう?(今だ謎なのです)

イラクの場所は、中東。

がイラクです。
ヨーロッパの南で、アジアの西で、アフリカの東です。
近隣には、エジプト、イラン、トルコ、などがあります。
は日本とフランスです。
面積は、日本より少しだけ大きい。

さて、この現イラクでは、その7000年前に「メソポタミア文明」という世界最古の文明があり、
その服装は、ハダシで、体に布を巻きつけていました。
その後、いろんな装飾品も身につけますが、基本的には、服というより布のようなものでした。
このころの衣類は、まだ発掘された事が無いので、壁画などからの想像です。
想像しやすいのは、アダムとイブの「エデンの園」。
これは本当にイラクにあった場所なんですよ。

次に有名な文明は、紀元前3千年前の「古代エジプト文明」。
今のエジプト・アラブ共和国での文明です。
ここでも衣服は布などを体に巻きつけていました。
エジプトといえば、ピラミッドやスフィンクスが有名ですが、今から5千年も前にそんな物が作られたなんて、驚きですね。
宇宙人説も一理ある。
ファッションももっと発展しててもおかしくないと思うのですが。。。

そして同じ頃、インダス文明(インド)、黄河文明(中国)、ペルシア文明(イラン)、エーゲ文明(ギリシャ)などなど、
たくさんの文明がありましたが、衣服といえば、皆、体に布を巻いたようなものでした。

その後、西暦0年を通過して、
5世紀頃、ゲルマン民族の大移動です。
ドイツの方から、ゲルマン人(遊牧民?)が、ローマ帝国に南下してきます。
そして古代は終わります。

さて、ここからは、西洋に注目していきます。
西洋では、はじめはギリシャ、
そしてローマ帝国(イタリア)ができ、滅亡すると、西ヨーロッパはフランク王国となります。
フランク王国は、後にフランス・ドイツ・イタリアに分かれます。
それが10世紀のはじめ頃です。

イラク ■フランス ■ギリシャ ■イタリア ■ドイツ

この頃も、とくに洋服の形はまだ無く、布を巻いているか、ポンチョのようにかぶったり、スカートのようなものだけがメインでした。

さて、11世紀に入ると、少し洋服っぽい形になってきます。

早足で見てきましたが、
次は、中世です。

では、年表で整理です。
今日のことがらは、ピンクの字で書き込んであります。
↓表をクリックすると、拡大します。
<表4>

Oh là là
ファッションのお勉強

ファッションと歴史のお勉強■3

2007.08.24 Friday
前回は「日本人はいつから洋服を着ているのか」を見ていきましたので、
次は「洋服ができたのはいつなのか」についてお勉強したいと思います。

が、洋服の歴史を書くと、とても長くなってしまうので、このテーマは数回に分ける事にします。

今日はまず、日本人が、正式に洋服を取り入れた時、それはどんな洋服だったかを知らなければなりません。
それは、1871年の明治天皇の命令がきっかけだとしたら、
その服装を「日本での最初の洋服」としましょう。
その後の日本は、世界と足並みをそろえて、洋服の歴史に参加していくので、今日は「世界の1871年〜1886年頃の服装
(つまり、1800年代後半)のお勉強です。


その明治天皇の「洋服」というのは、これです。
神奈川県立歴史博物館 撮影:内田九一
軍服です。
有名な肖像画で、当時は一家に一枚飾られていました。

もう一枚、
wikipediaより
こちらは大久保利通で、モーニングに、シルクハット。
両方とも、現代から考えると、固い、かしこまった服装です。
理由は、正式な場に出席するための服装だからです。
日本が鎖国を解いて、外国と同等の立場で外交するための、
フォーマルな装いだからです。
もちろん諸外国も、こういった服装でした。

ちなみに、女性はどんな洋服を着ていたのでしょうか。
1886年に、女性にも「婦人服制」というのができたのですが、
実際に洋服を着たのは、上流階級のご婦人だけだったのではないでしょうか。
つまり、鹿鳴館での外交や、接待のためだけに着ていたので、男性同様、フォーマルな装いでした。
男女共、やはり普段は和服だった事を、ここに付け加えておきます。

女性の「洋服」の一例として、明治天皇皇后の装いを見てみます。
wikipediaより
ちょっとわかりにくいですが、フォーマルなドレスで、いかにも王女様という感じです。
他の貴婦人は、もっとわかりやすいので見てみましょう。
貴顕舞踏の略図 画:楊州周延
鹿鳴館での男女です。
スカートの後ろにバッスルを当ててふくらませた、クリノリンドレス、
大きく結い上げたヘアスタイルに、小さな帽子をのせています。

男性、女性とも、きっと着るのにも脱ぐのにも、時間がかかったことでしょう。
そして、とても肩の凝る、疲れる物だったことでしょう。


では、その頃の西洋は、どんな装いをしていたのでしょうか?
ヨーロッパの男性は、日本同様、モーニングにシルクハットです。
もちろんこれはフォーマル用です。
普段着に和服ではないはずで、普段着が気になります。
が、想像と違って、フォーマルとあまり変わらない、フロックコートやジャケットに、スラックスです。
Henry madden library,California
普段着でも、けっこう固い服装ですね。
男性のファッションの一番大事なきまりは、TPOで着替える事だったそうです。
多少の違いですが、一言でフォーマルといっても、正式、略式、昼用、夜用と、細かい違いがありました。
現代でも着れそうなのは、スポーツ用の服で、ニッカーボッカーや、ハンチングや、カンカン帽などもありました。
この時代の男性のファッションを一言で言えば、ヨーロッパもアメリカも、イギリスの紳士風=ダンディ風という時代でした。

では、女性のファッションはどうでしょうか?
Full-Colored Victorian Fashions 1870-1893:Joanne Olian
やはり日本同様、クリノリン・スタイルです。
女性は、それまでもずっとコルセットを付け、ボリュームのあるスカートをはいてきました。
この頃は、後ろだけに枠組みをつけて、前に膨らみはありません。

ヨーロッパの服装を、アメリカや日本は真似ていました。
つまり、1871年頃の表舞台は、日本も西洋とほとんど同じファッションになったという証拠がそろいました。
その他の国はというと、現地の民族衣装(一般の日本人が和服を着たように)だったと思われます。

では、年表で整理です。
今日のことがらは、ピンクの字で書き込んであります。
↓表をクリックすると、拡大します。
<表3>

次回は、1871年より前の西洋では、どうやってこのような洋服ができたか、です。

※画像はイメージです。

Oh là là
ファッションのお勉強

ファッションと歴史のお勉強■2

2007.08.03 Friday
そもそも、日本では西洋式の「洋服」というものを、いつから着ているのか?
というのが今日のお勉強です。
洋服を着る前は、着物だったという事くらいはわかりますけどね。
答えから言えば、1945年からということになります。
まだたった62年しか洋服を着ていないなんて!えっ、本当?!


ここから先は、着物の事を「洋服」に対して「和服」と呼ぶ事にします。
和服から洋服への移り変わりに注目してみますので、今日は江戸時代からを見ていきます。

江戸時代までは、日本人はみんなが和服を着ていました。

江戸時代という時代、日本は238年も鎖国をしていました。
外国からの輸入品はほとんど町にはありませんでした。
つまり、日本製だけの時代で、一番日本らしい時代かもしれません。
輸出も禁じられていたので、他の国では見ることができない日本だけのものが、日本の中だけで流行していました。
ファッションも日本独自のスタイルでした。

しかし、歴史が大きく動き始めます。
1858年、鎖国を解いて開国したのです。
ファッションについても、とても重要な年です。
外国からどんどんいろんな物・文化が入ってくることになったのです。
そうです、正式に、洋服が大量に日本に入ってきたのです。
まだ飛行機ではない時代、船で海を渡ってきた輸入品は「舶来品」と呼ばれました。
初めて見る舶来品!
なんだか、その時の日本人のトキメキが、手に取るようにわかります。
でも、あまりにも見たことがない物に対して、すんなり受け入れたくない人もいた事でしょう。

開国から14年後・・・
明治という時代が訪れます。
日本を治めていた江戸幕府がなくなり、天皇が主導権を握る事になりました。
日本からサムライが消えた時でもあります。
県という呼び方に変えた、廃藩置県。
ここで初めて東京ができました。
すべてが新しい時代の幕開けです。
これを明治維新といいます。

この時代では「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」という言葉が有名です。
ザンギリ頭とは、それまでの和服スタイルのちょんまげや、結い上げた長い髪を、洋服スタイルに合わせて短く切ったヘアスタイルのことです。
つまり、西洋スタイルをいち早く取り入れた人は時代の先端を行っている、新しい、ススんでる、と見られました。
西洋から届いた、初めて見るいろんな新しい事を、もう恐れずに受け入れ始めた時代です。
ただ、舶来品はかなり高額だったため、庶民にはまだまだ手が届かなかったのが現実です。
まず先に、好奇心の強い人やお金持ちの人だけが、少しづつ洋服を着始めたところです。

明治になって3年後、国の主役になった明治天皇が、表舞台用にと、自分の服に洋服を命じました。
このことは、洋服を正式に社会に認めさせる事に拍車をかけました。

これが大体、今から140年くらい前のことです。

1887年、現代の高校生にあたる男子の制服が初めてできました。
軍服を参考にした学生服(詰め襟の学ラン)です。
女学生の制服ができたのはその10年後くらいですが、まだ洋服ではなくて、和服にハカマでした。

明治が45年で幕を閉じると、次は大正です。
大正時代には、ペストの流行で、裸足が禁止になり、庶民も子供も下駄をはくようになりました。
1923年の関東大震災、
1927年の白木屋の火災、
などの事件があって、ようやく庶民も少しずつですが、洋服を着るようになりました。
このような震災で、和服より洋服の方が逃げやすいという事が実証され、みんなの共感をよびました。

1920年を過ぎると、女学生も、セーラー服の制服ができました。
つまり、太平洋戦争の前くらいには、多くの人が洋服を着るようになったのです。
都会では、モダンガールやモダンボーイが、西洋人と変わらないファッションをしていましたが、
家へ帰れば和服に着替えてくつろぐという生活で、まだまだ洋服は、日本人には「特別」な衣類だったみたいです。
それが80年くらい前になります。

15年間という短い大正時代の次は、昭和がやってきます。

1941年〜1945年は、第二次世界大戦でした。
戦争中は、資源が乏しく、いろいろなものが配給制になりました。
男性は、国民服という、カーキ色の軍服のような洋服を着ました。
これを国民服と呼びます。
女性は、着物をリメイクした和装のモンペをはきました。
食べるものも無い時代なので、あるものを着るしかなかったかもしれません。
しかし、戦争が終わったとたん、急速に洋装化していきました。
ほとんどの日本人が、洋服を着るようになったのは、1945年からなのです。
それが62年前です。

と、まあ、ざっとおおまかに見ていきましたが、こんな感じです。
皆さんもよく知っている歴史だとは思いますが、もっともっと知りたくなってきませんか?

たった60年くらいしか、洋服を着ていないなんて、
やっぱり、洋服の歴史は、西洋にはかなわないわねー、と思いますよね。

いえいえ、洋服の歴史=ヨーロッパのファッションの歴史で、今のような「洋服」というものができたのは、12世紀頃だそうです。
その前は、布を体に巻きつける、あのギリシャ神話のような服装だったのです。
12世紀のファッションといっても、まだへんな形で、
ようやく「洋服」といわれるような形になったのは16世紀です。
16世紀といえば、じつは、1543年に、ポルトガル人が種子島に漂着しました。その時に、日本に洋服が渡っているのです。
港近くの人たちは、その頃から洋服を着始めています。
鹿鳴館でのドレスや西洋のモードを、日本のお金持ちの人たちは、リアルタイムで着ていたのです。
つまり、洋服の歴史は、日本でも実在したのでした。
ただ、洋服をデザインしたのは西洋人だけですから、日本人は着ただけですが、洋服を知らなかったわけではないのです!

それは一部の上流階級の人だけだったかもしれませんが、
洋服の歴史としては、日本も西洋とさほど変わらないという事になるのです。

こうやって勉強していくと、
日本も西洋に負けていない、すごい!
という事がわかってきました。おもしろい〜!
でも・・・NO,NO,NO!
和服の歴史に比べたら、まだまだぜんぜんです。
しかも、今でこそ、和服より洋服の方がだんぜん多いですが、
和服のあの華やかでファッショナブルな時代に比べたら、
洋服の歴史なんて、浅いものです。

最近では「日本の若者は、世界で一番お洒落」だと言われていますが、
それは当然なのです。
洋服という事にこだわりをなくせば、ファッションという事については、西洋より日本の方が、遥かに歴史が深く、華麗だったのです。
西洋の洋服が高価だった時代は過ぎ、今は思う存分、そのファッションの感性が表現できる時代です。
大昔からの日本人の、素晴らしいファッション感覚を、この恵まれた時代に、やっと世界に見せつけたと思うのです。

もっと詳しい事は、また次回に・・・。
年表で整理です。
今日のことがらは、ピンクの字で書き込んであります。
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<表2>

Oh là là
ファッションのお勉強

ファッションと歴史のお勉強■1

2007.07.24 Tuesday
うわぁーーー!
やっとできました!
お疲れさまでした!
本当に疲れましたっ!

独断と偏見で、私の自己満足の視点で見た「ファッションの歴史年表」を作りました!
以前こちらで予告していましたが、こんなに時間が経ってしまいました。。。
パソコンは難しいですねー。
でも何とか表になりました。

ファッションのお勉強は、歴史の時代背景と深くリンクしています。
なので、学校で教えてもらえなかった(教えてもらっても忘れてしまった)歴史と一緒に、
この「ファッションのお勉強」のカテゴリの中で、少しずつファッションを勉強していこうと思います。
私は大学には行っていませんので、初歩の初歩からです。
頭の良い皆さんも、復習だと思って楽しくご覧下さい。

とりあえず第1回目の今日は、忘れてしまっている時代の、大ざっぱな流れを表にしてみました。
この表が、今後のお勉強の元になりますので、保存版です。
表をクリックすると、別窓で開きます。
<表:基本>


さて、ざっと時代の流れがわかったところで、
その表に、私の脳ミソの中を付け加えてみました。
絶対に誰もが知っているであろう人などを配置してみました。
これで大体の時代のファッションがなんとなく見えてきます。
文字ばっかりですが、想像をふくらませてくださいね。
表をクリックすると、別窓で開きます。
<表1>


今日はここまでです。
これからこの表に、どんどん書き込んでいくのです・・・ゆっくりですが・・・
お楽しみに〜♪

Oh là là
ファッションのお勉強