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靖国神社の桜の下で

2007.04.09 Monday

土曜日、靖国神社へ行きました。
私のおじいちゃんに会いたくて・・・。

私の祖父は、ずっと誰だかわかりませんでした。
戦争で亡くなって、最近まで消息を知りませんでした。
でも去年、人づてに聞いて、靖国神社にいるという事がわかったのです。
軍医さんだったそうで、満州で、頭に爆弾が当たって亡くなったという事です。
顔も名前も知らないままですが、私の中を「血」になって流れているおじいちゃん。
会いたい・・・。

その日、第23回目の「靖国神社の桜の花の下で、同期の桜を歌う会」に参加しました。

年に一度、桜の咲く4月に、靖国の大村益次郎像の下にステージを置いて、何千人もの人が、軍歌を合唱して偲ぶのです。
一緒に戦った人、残った家族の方々が中心となっていますが、もちろん私みたいな一般人も観客?として参加できます。
本物の右の方、若い家族連れ、ただ通りがかった人、軍服コスプレの人、それから外国の観光客の方もたくさんいました。



ここがステージです。これからだんだん人が増えていって・・・


始まる頃にはこんなに!全国からの人、人、人!
遠くの方にもあふれています!

あ、この方もいらっしゃいましたヨ。(写真載せちゃっていいのかな??)


会は「海ゆかば」の演奏で、黙祷(もくとう)から始まりました。
数千人が、しんと静まり返りました。
桜の花びらがたくさん降っています。
「おじいちゃん、私、やっと会いに来たよ。
弾が当たって痛かったでしょう?」
さまざまな想い出がよみがえってくるのでしょうか・・・
あちこちからすすり泣きが聞こえてきて、私も胸が熱くなりました。

歌がはじまると、皆、軽快に声を合わせながら、
お年寄りの方々は、ハンカチで涙を拭いていらっしゃいました。

靖国にいる多くの霊は、今の私たちが平和で暮らせるように、私たちのために命をかけてくれた人たち。
死ぬのはとっても怖かったはずなのに、未来のために勇気をふりしぼってくれた人たち。
そういう人たちのことを「英霊」と言うそうですが、その英霊たちは、
「靖国の、桜の下でまた会おう」と、仲間や家族に約束して死んだのです。
また会える・・・そう信じて覚悟を決めたんだと思うのです。

英霊には、A級戦犯も含まれてしまいましたが、特攻隊や女学生が多くいます。
彼・彼女たちは、若いゆえに、ほとんどが未婚でした。
つまり、子孫がいないわけです。
遺族の方も、だいぶお歳を召されています。
じゃあ、これからは、だれが桜の下に会いに行くのでしょう?
守ってもらった、私たちしかいないでしょう。。。
もし、自分が英霊の立場だったら、約束した場所に誰も来てくれなくなったら、寂しいじゃないですか?

私のおじいちゃんは兵隊ではなかったけど、多分、前線で兵士たちの治療をしてたのでしょう。
爆弾がたくさん飛んでくる場所へ行けば、死ぬかもしれない。
誰だって、死ぬかもしれないところへ、自分から進んで行きたくないに決まってる。
私だったら、絶対やだ。
痛いの、いやだ。

でも、誰かが行かなければ、日本がやられる。
その日本には、恋人、親友、家族・・・大切な、死んで欲しくない人たちがいる。
好きな人だけは、絶対に死んでほしくない!
何が何でも生きててほしい!
守れるならば、どんな手を使ってでも守ってやる!
・・・というだけの思いで、行きたくもない戦争に行ったんだと思います。
半分は時代の強制だったかもしれませんが、あとの半分は正義感だったと、私は思いたいです。
天皇陛下のためだとか、軍国主義だとか、そんな風に洗脳されてたんじゃなくて、
もっと人間的な感情だったと、思えてならないのです。

いざ戦争に行く時、どこでどうやって死んでしまうかもわからないですから、迷子にならないように、
靖国神社の、満開の桜の木の下を約束の場所にしたのです。
ここで、大好きな人と再会できるように。。。
だからそこへ行けば、会えるのです。

私の想いはただ一つ。
英霊の皆さん、ありがとう。
あなたたちに守られたから、私は今、生きているのです。
来年も、また会いに来ます。


おじいちゃん あなたは強かった
カブトも焦がす炎熱を
敵の死体と共に寝て
泥水すすり 草をかみ
荒れた山河を幾千里
よくこそ 戦ってくださった

おじいちゃん あなたは強かった
骨まで凍る酷寒を
背も届かぬ運河に
3日も浸っていたとやら
10日も食べずにいたとやら
よくこそ 戦ってくださった
(作詞/福田 節 「父よあなたは強かった」を、私なりに訳しました)

軍歌はあんまり知らないけど、おじいちゃん、満州で大変だったんだろうなと思うと、ちょっとグッときたので、
この会の詩集から抜粋させていただきました。
おじいちゃん、お疲れさまでした。
もう、安心してゆっくり休んでください。




お神酒?も全員がもらえます。


※この会は23年前に始まって、毎年続けられていますが、
主催の方々が亡くなられてしまい、
今年から無くなる予定だったそうです。
資金が底をついてしまったという理由で。。。
でも、多くの方から続けてほしいという声があがり、今年から献金箱がもうけられました。
今までは箱はありませんでしたが、皆の気持ちが集まれば、会は続けられるそうです。

Oh là là
日本

携帯電話

2007.03.06 Tuesday
日本のテクノロジーは、本当にすごいですね。

特に携帯電話。
カメラ、メール、インターネット、ミュージックプレイヤー、テレビ、ラジオ、ゲーム、トランシーバー、クレジットカード機能、
定期券、GPSナビ・・・・
こんなに付いてなくてもーーっていうくらい、すごい事になってますねー。
こんなにすごい電話は、日本だけですね汗
これみんな、使いこなせてるんでしょうか?

自分では、、、これでも結構使いこなしている方だと思っています。
このまま海外へ持っていけるのも、便利ですねぇ。

ほとんどの機能は、便利に使っているのですが、どうしても使う事が無い機能があります。
それは、テレビ電話です。
遠距離恋愛をしている人は、もしかしたら便利に使っているのかもしれませんが、
私には、今までテレビ電話がかかってきた事がありません。。。
携帯+テレビ+電話=という物に必要性を感じる事もなかったです。
通話料が多くかかる事と、外でテレビ電話をしたら会話が丸聞こえになってしまう、という難点があるからかもしれません。
テレビ+電話=だったら、パソコンでwebカメラ使えば事足りるし。。。
携帯+テレビ=で、外出先で顔を見せたかったり、物を見せたくて電話する場合は、写真をメールで送れば済むし。。。

ところが、先日、初めてテレビ電話がありがたくなった出来事がありました―――危篤の祖母に会えた事です。
昨日のブログに書いたのですが、急に容態が悪くなり、医者に'後2〜3日'と宣告された時、
横にいた母が、テレビ電話を使って祖母に会わせてくれました。
もうほとんど意識は無かったのですが、衰弱した祖母の顔が見えました。
私は電話に自分の顔を映して、大声で「おばあちゃん!私だよ!わかる?おあばあちゃん!」と叫びました。
返事はしてくれませんでしたが、1分くらい会う事ができました。
電話を切った後、ハイテクさん、ありがとう・・・と心でお礼を言いました。
ドラえもんのどこでもドアは無くても、死に目に会う事ができた気持ちになれました。
おばあちゃんがパソコンを持っているはずも無いので、'携帯'電話でなくてはならないし、
写真ではなくて、息をしているおばあちゃんでなくてはならなかったので'テレビ'が良かったし、
目を閉じているので声を聞いてほしかったから'電話'が必要でした。
初めて携帯+テレビ+電話=の、素晴らしい融合を実感できました。
せっかく日本に住んでいるんだから、便利な物は、上手に使いましょう!

Oh là là
日本

日本人

2007.03.05 Monday

14年前、生まれて初めてヨーロッパ一人旅をした時の写真です。
若い!

恥ずかしながら、
若い頃は、本当に知らない事が多すぎました。
ただただ、外国という場所を見てみたかったのです。
何も考えずに一人であても無く旅立ちました。
言葉も、地理も、マナーも、歴史も、宗教も、
怖いものさえも知らなかった・・・。
でも、若いから許される事もあったし、若いからいろんな発見もできた。
恥をかいたけれど、それは経験となった。
いろんな事を知りすぎて、頭デッカチになって行動できないよりも、
若い時だけは、いろんな事に飛び込んだ方がいい。
今はそう思います。

あれから数年後、言葉だけは勉強し、何度もフランスへ行くようになると、知人・友人が増えてきました。
「どうしてフランスに来たの?」初めて会うと、必ず聞かれます。
「フランスが大好きなんです」と言うと、すごく喜んでくれて、
私も、このフランスが大好きですよ」と答えてくれます。
・・・ん?
多くのフランス人は、自国にプライドを持っていると聞くけれど、
はたして日本人で同じ事を言う人がいるのだろうか?
「わたしも日本が大好きなんです!」
とは、あまり言わないのではないか?

「フランスが大好き」とは言えても、「日本が好き」とは言えない自分に気づく。
そして、知っているつもりの日本を、全然知らない事が、すごく恥ずかしくなった。
しかも、フランス人は(他の国の人についてはわかりませんが)、若い人でも、政治や自国について相当関心を持っていて、
そういう話題に、私は本当に無知でした。
日本人のプライドというよりも、この容姿、この黄色い肌に彫りのない顔が、先にコンプレックスでした。

ところがある日、私が、フランスの片田舎のスーパーマーケットのレジに並んでいた時の事です。
前に並んでいたフランス人のおばさんが、私をまじまじと見つめるので、
「あ、何でしょう?」と聞くと、
「あなた、日本人?」と言いました。
「ええ、そうですが・・・」と私。
「あ、やっぱりそうなんですね?!日本・・・素敵な国よねぇ・・・。
へぇーやっぱり日本人なのねぇ・・・」
と言いながら、先にお会計を済ませたおばさんは去って行きました。
残された私は、変な気分。
何だったんだろう、あの人・・・でも日本をほめてくれたから、いっか。
ほめられると、今度はいい気分♪
日本が好きな外人もいるんだな・・・と実感した出来事でした。

そうだ、もっと日本を知ろう。
日本をきちんと紹介できて、私は日本人です、日本が好きですと言えるようになろう。
どうしたって死ぬまで日本人なんだから、プライドを持って生きよう。

やっとコンプレックスから開放された気がします。

Oh là là



日本